かわむら こども クリニック NEWS  平成22年 6月号


口蹄疫を考える

 口蹄疫(こうていえき)という言葉がマスコミで連日報道されていますが、人間界とは関係ないと思い興味が薄いかも知れません。でも本当は、東国原知事の表情から見て取れるような、とても大きく深刻な問題なのです。今回は専門ではありませんが、口蹄疫について考えてみましょう。
 口蹄疫は、牛やブタ、羊などの家畜がかかる、ウイルス(ピコルナウイルス)によって引き起こされる病気です。感染するのは偶蹄類(ぐうているい)と呼ばれる偶数のひづめを持つ動物です。動物によって異なるものの、症状は発熱と水疱形成です。水疱は口の中(舌、歯肉、粘膜)、ひづめ、乳部(乳房、乳頭)に見られます。その影響で、流涎(りゅうぜん:よだれが多く垂れる)、跛行(はこう:足を引きずる)などの症状も現れます。致死率は高くはありませんが、餌をたべられなくなり、動けなくなるため、発育障害や乳の出が悪くなるなど、畜産動物としての価値が無くなってしまうのです。非常に伝染力が強く風によって運ばれても感染するともいわれ、広範囲に伝染した場合には畜産業全体に大打撃を与えます。このように伝染力が強く、畜産業への影響を考えると、感染防止対策がとても重要なことになります。
 口蹄疫の感染防止対策に関しては、すべて法律に基づく対応が決められています。対応が迅速に行われたかどうかは別にして、蔓延防止のための措置として、発生農場の消毒、疑似患畜の殺処分・埋却.移動制限地域の設定、搬出制限地域の設定、家畜市場の閉鎖等が規定されています。今回の発端は3月末の宮崎県児湯郡都農町の水牛の下痢から始まったようです。その後同じ都農町で口蹄疫を疑わせる和牛3頭が確認され、4月20日政府に「口蹄疫防疫対策本部」が設置され、宮崎県は当該農家から半径10キロを移動制限区域に指定し、消毒ポイントを設置する等の防疫対策を開始しました。
 ここで聞き慣れない疑似患畜という言葉について少し説明しましょう。まずは患畜ですが、これは口蹄疫にかかっている家畜のことを指します。疑似患畜とは、症状があっても確定できない家畜(人間ではこれが疑似患者)だけでなく、同じ畜舎で成育した家畜、接触した家畜を含むと決められています。患畜の数は少なくても、疑似患畜はかなりの数になってしまいます。ちなみに5月下旬の患畜は200例を超えて、殺処分対象は15万頭を超えるほどの拡大を示しています。
 このような大量の殺処分が必要であることは、防疫上理解することはできても、長い時間手塩にかけて育てた家畜たちの命を奪うことは、畜産農家にとっては耐えられない断腸の思いのはずです。また、それだけにとどまらず、経済的な損失を考えると、農家の方の不安は計り知れないものだと思います。もう一つの大きな問題は、地域における畜産業の衰退です。宮崎県産子牛は各地のブランド牛として育てられるため、種牛の存続がさらなる問題となっています。宮崎牛のスーパー種牛である「忠富士」の感染が確認され殺処分になりましたが、残りの5頭は同じ畜舎にいたにもかかわらず、宮崎県産子牛がいなくなる恐れから、特別措置として現在のところ殺処分は免れています。もうひとつ地域に与える影響で考えなければならないのは、観光などへの影響です。防疫対策の一環として、修学旅行等の中止だけでなく、県内のイベントの中止などの経済活動への影響も懸念されています。
 5月19日に口蹄疫対策本部が「基本的対処方針」として、主な感染地域から半径10キロメートル内の全頭をワクチン接種後殺処分することを発表しました。これを聞いた皆さんは、多少疑問を感じたかもしれません。ワクチンを接種すれば病気が予防できるはず。病気が予防できれば何も殺さなくてもいいのでは?と。もちろん人間の世界では、それが当たり前の考え方かもしれません。もうひとつは、ワクチンをどうして周囲の家畜に接種しないのかという疑問もあるでしょう。まずは殺処分以外の家畜にワクチンを使わない理由は、ウイルス型によって効果が十分ではないこと。症状が隠れてしまいウイルスを持ち続ける場合もあり蔓延阻止効果はない。ワクチンを接種した家畜は移動や売買ができないなどの問題があり、ワクチン接種の意味が無いと考えられています。殺処分を前提にしたワクチン接種は、費用はかかりますがウイルスの蔓延を少しでも防ぐためのやむを得ない対応なのです。
 さて口蹄疫の流行から、何を学ぶのでしょうか。第一は、ウイルスによる病気の怖さです。家畜の世界であれば、殺処分もやむを得ないも知れません。しかしながら、人間の世界ではあり得ないことです。これがどれだけ恐ろしいことなのか、考えただけでもゾッとします。これがウイルスによる脅威なのです。
 畜産農家の悔しく残念な思いは、当事者ではない我々には図り知ることはできません。どれだけ辛い思いで毎日を過しているかと思うと、何か協力ができないかと考えてしまいます。そんな思いを慰める手段は思いつきませんが、少しでも力になれるなら募金を募ろうと思います。待合室に募金箱を設置しましたので、是非ともご協力をお願いいたします。

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