かわむら こども クリニック NEWS  平成14年 3月号


お母さんの顔

 今回は、変な題名ですが、お母さんの顔に関した話題を提供します。
 赤ちゃんは何を見て、育っていくのでしょうか。産まれて始めて見る顔から始まりいちばんよく見ているのが、お母さんの顔だということは、皆さんおわかりだと思います。赤ちゃんは顔を見ているだけでなく、お母さんの瞳の中に自分の顔を映しながら、育っていくのです。子育てには様々な不安や心配がつきものなので、時にはお母さんの瞳には様々なフィルターがかかってしまいます。心配な顔で赤ちゃんを覗き込むと、その心配を赤ちゃんが感じてしまいます。神経質に育てられると神経質な子ども、ゆったり育てればゆったりした子どもに育つと言われます。これも同じことなのです。また、お母さんは赤ちゃんの瞳の中に自分の顔を映して、今度は母親として成長していくのです。赤ちゃんの具合が悪いときには、お母さんの心配は余計に強くなってしまいます。逆に赤ちゃんの笑顔はお母さんを安心させ、お母さんの笑顔もまた赤ちゃんを安心させるのです。
 赤ちゃんの具合が悪いと、診察室で涙を見せるお母さんがいます。そんなとき「お母さんが泣いても病気は治らないよ。まして、いま病気で苦しんでいる子が、お母さんの涙を見たら何と思う。頼れるのは、お母さんだけなんだから。陰で泣いてもいいけど、うそでもいいから笑顔を見せてあげなさい。」と、言い聞かせます。子どもはお母さんの心配な顔を見れば、自分の病気が重いのかと感じ、余計に具合が悪くなってしまうかもしれません。
 東北大学医学部の学生さんが、小児科の外来実習に来ています。2ヶ月ぐらいの赤ちゃんを抱っこさせると、全員例外なく笑みを漏らします。不思議な力を、赤ちゃんは持っているのです。赤ちゃんの笑顔は、もっと大きな力になることもあります。育児以外のことで心配があっても、赤ちゃんの笑顔で癒される。こんなこと、誰でも経験しているに違いありません。お母さんと赤ちゃんは、お互いの瞳に自分という姿を映し合いながら、育て合っているのでしょう。
 小学生になると、なるべく自分で症状を話すようにさせています。でも、なかなかうまくいきません。うまく自分で説明できないこともありますが、ほとんどの場合お母さんが問題で、勝手に話し始めるのです。「○○君。今日はどうしたの?」と聞くと、すかさずお母さんが「実は昨日から熱が出て…」と答えはじめます。お母さんは黙っていてと言っても、子どものもじもじする姿を見てしまうと、またまた口を挟んでしまうのです。もう一度質問すると、今度はお母さんの顔を見てしまうのです。そして質問した小生にではなく、お母さんに答えるのです。これでは子どもと小生の間に、通訳がいるようなものです。勝手に病名を付けるわけにはいきませんが、母親の顔症候群(Looking Mother's Face Syndrome)とでも呼びたいぐらいです。一体、この理由は何なのでしょう。推測の域を出ませんが、恐らく小さいうちから先回りして言葉を出したり、手を掛け過ぎたことが原因だと思います。子どもが少ないせいか、親御さんは一生懸命子育てをします。愛情や思いやりを通り越して、いつの間にか干渉をし過ぎているのかもしれません。また子どもが自分でするまで、待てないのでしょう。子どもがする前に、先回りして子どもがしたいことを推測して、言ったりやったりしてしまうのではないでしょうか。また命令や禁止を主体とするような育児も、大きな影響を与えているかもしれません。子どもは自分が答えを出す前に、母親の顔が気になって仕方ないのです。今の若い人たちには「指示待ち族」と言うのがあるそうです。自分から積極的に行動が出来ず、他人からの指示を待っている人たちだそうです。こんな大人にならないためにも、子どもの自発的な芽を摘まないようにしたいものです。
 今回、顔の話を二つしました。必要なお母さんの顔と、不必要なお母さんの顔です。赤ちゃんのうちにはよく顔を見てあげることが必要ですが、自立出来るようになったらお母さんの顔を頼りにしなくて済むようにしたいものです。子どもが自分でいろいろ出来るようになったら、引っ張るのではなく後から押してあげるような子育ての意識が大切なことなのです。この、お母さんの顔について、少し考えてみて下さい。

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