かわむら こども クリニック NEWS  平成5年9月号


新生児医療の進歩 (2)

 先月号の続きですが、覚えているでしょうか。新生児医療が進歩し、在胎28週1000g位なら、あまり心配は無いとお話ししました。
 新生児(生まれて1ヶ月以内の赤ちゃん)の死亡率は、出生1000に対してどのくらいなのでしょうか?今から10年ほど前は約5ぐらいでしたが、新生児学の進歩により最近では、約半分程度に低下してきました。
 小生が赴任して新生児集中治療室を作り上げた日立総合病院のお話しをしましょう。日立市は人口20万人、の茨城県第2の都市で、「この木なんの木、気になる木」の日立製作所があることでも有名です。日立総合病院は、日立製作所の病院で、日立市で最も大きく、市立病院の様な役割を担ってきました。その日立総合病院に生まれたばかりの赤ちゃんを集中的に治療する新生児集中治療室を開設することになり、昭和59年4月に、東北大小児科より派遣されました。グラフを見てもおわかりのように、日立市の新生児死亡率は、お世辞にも良いとは言えない状態でした。
 開設の準備のかたわら、最も力を入れたことが、スタッフの意識の変革でした。新生児医療は単に小児科の一部ではなく、良い成績を得るためには、新生児学という考え方が必要であるということでした。まったく新しい医者が来て、勝手なことばかり言っているのでは、誰も付いてきません。体で見本を示すことが大切で、そのため何度徹夜したかわかりません。その甲斐あって、赴任した年の新生児死亡率は前年の約半分まで低下し、茨城県および全国の平均を下回るようになりました。
 翌60年7月には新生児集中治療室が完成し、初代医長に就任しました。スタッフも一生懸命でその年の新生児死亡率は、一気に限界といわれる2.0を切り、1.9まで低下し、茨城県のトップとなりました。この年には、茨城県に新生児搬送システム(生まれた病気の赤ちゃんを産院から新生児の治療施設に送るシステム)が生まれ、その中核病院となりました。その後の新生児死亡率の変化はグラフのようで、終始茨城県でトップクラスの成績をおさめていました。それに伴い茨城県の新生児死亡率が改善し、一昨年には全国のベスト10入を果たしました。
 その業績を認められ、退職時に日立市長から、感謝状を頂いたことは、以前に書いたので、ご承知の方も多いと思います。
 新生児医療に限らず、医療というものは、設備ということよりも行うものの意識が、良い医療に結び付いていくようです。この経験を生かし、今度は、地域の人たちに貢献できるような医療を、スタッフ共々目指すつもりです。
CLINIC NEWS コーナーに戻る