かわむら こども クリニック NEWS  平成12年12月号


親の権利・子の権利

 最近、こんなことがありました。6日間の発熱が持続して咳がひどく、ぐったりした子どもが来院しました。2〜3日は水分も取れない状態で、明らかな麻疹でした。脱水症状もあり肺炎の合併を疑い、入院を勧めました。ところが親御さんは入院をさせたくないということなので、検査をして点滴をはじめたのです。炎症は中程度でしたが肺炎の可能性を考え、抗生物質の点滴の指示を出しました。ところが抗生物質をはじめようとしたとき、「治療をやめて欲しい。もう連れて帰ります。」と親御さんが訴えました。子どもはまだぐったりして、とても歩けない状況だったということは、言うまでもありません。理由はと尋ねると、「父親が医療を受けさせない方針」と答えました。
 確かに親権というものが存在するので、医療を受けるか否かは親が決めることと思っているかもしれません。また親の宗教上の理由で、医療を含めたいろいろな問題が、子ども達に影響を与えていることも確かです。日本国憲法では、思想や信仰の自由が認められています。自分の意志で判断できるようになれば、道徳的・社会的問題がなければ、もちろん思想や信仰は自由なものです。しかし判断能力のない子どもにまで、親の権利が及ぶものなのでしょうか。憲法とは別に子どもの権利条約というのがあります。1989年に国連で採択され、190カ国が批准している国際条約です。日本は1994年に加入しています。子どもの権利条約とは、ただ単に権利を守るというだけでなく、良い環境を提供すること、保護すること、社会の一員として参加することなど、利益を守ることを目的にしています。もちろん単に子どもたちを全て自由にというものではありません。子どもの思い通りにすることではなく、大人には子どもを指導する権利、義務や責任があることもうたっています。子どもは親のものではなく、一人の個人として認められるべきなのです。
 ここのところマスコミなどで虐待が問題になっています。先日、『お母さんクラブ』でも、「虐待について、考えてみませんか?」を開催しました。虐待には、肉体的、精神的など、様々な形態があります。虐待というとすぐに暴力的なことが連想されますが、問題になるのは氷山の一角です。精神的なことを含めれば、虐待はたくさんあると言われています。言葉によって子どもを傷つけることはもちろんですが、子どもを無視をしたり認めないなども虐待のひとつなのです。親としての義務を果たさないということも、虐待と言われても仕方ありません。子どもの権利を認めていないということで、子どもの権利条約とも関係することなのです。
 さて話は元に戻りますが、子どもに限らず誰でも、適切な医療を受ける権利があります。我々小児科医は、そのために努力しているのです。例え子どもが自分で医療を受けたくないとしても、そのまま認めるわけにはいきません。薬が美味しくないから飲まない、痛いから予防接種や点滴を受けないといったとしても、見過ごすわけにはいきません。大人は子どもが権利(?)を主張しても、全てそれを受け入れるものではなく、医療が必要とする場合には、親だけでなく社会も指導していく責任があるのです。ですから病気を治すためや予防するためにも、親の認識が必要になります。しかしそう書いてみても、実際に拒否をされれば医師であっても、何も出来ないのが現実です。「全ての責任は親である私がとる」と断言されれば、命にかかわる場合は別ですが、親御さんを相手に戦えるものではないのです。今回拒否をした親御さんに、いたずらっぽく「治療を拒否するのだから、飲み薬もいらないよね」(少し嫌みっぽく)と言ってみました。すると「薬は、頂きます」との返事。なんのために病院へ来たのかと考えつつ、心の中で“にやっ”としてしまいました。
 外来で患者さんを診ていると、いろいろな親御さんがいます。見ていると面白いというのは不謹慎ですが、時々「このヤロー」(汚い言葉でごめんなさい。小生も人間ですから、そう感じることもあるのです)と思うことがあるのです。この記事で、親の権利、子どもの権利について、一度考えてみて下さい。
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