かわむら こども クリニック NEWS  平成23年5月号


食中毒-腸管出血性大腸菌-

 焼き肉チェーン店でユッケによる集団食中毒が起き、4人の方が亡くなりました。これからの季節、食中毒が増えてきます。しっかり理解し、対策を考えてみましょう。
細菌性食中毒は、大きく感染型と毒素型に分けられます。感染型の食中毒を起こす細菌には、カンピロバクターや病原大腸菌があります。毒素型では、黄色ブドウ球菌が有名です。感染型は、細菌が付着した食物を摂取し、腸管内で増殖して発症します。毒素型は、食物に付着した細菌が毒素を産生して、毒素により症状を呈します。一般には感染型と比べて、毒素型の潜伏期が短い傾向があります。
 さて、事件をうけて腸管出血性大腸菌という名前が知られるようになりました。腸管出血性大腸菌は、病原大腸菌の仲間で、感染してから毒素を作り出すので、分類では生体内毒素型と呼ばれることがあります。この菌の発見は比較的新しく、1982年アメリカでのハンバーガーによる集団食中毒事件があり、O157が初めて見つかりました。O157がよく知られていますが、今回の事件の原因はO111で、ベロ毒素と呼ばれる赤痢菌とよく似た毒素を産生するのが特徴です。
腸管出血性大腸菌は、牛、ヤギ、羊などの反芻動物(胃に4つの部屋がある)が腸内に保菌していますが、腸管外には存在しません。感染経路は、解体時の汚染だけでなく、糞便や汚染された地下水が原因となることもあります。生肉はもちろんですが、ハンバーガー等の肉の加工品、生食用の野菜等も原因と考えられています。汚染されるのは表面だけで、肉や野菜の中にまで入り込むことはありません。
 食中毒の一般的な症状は細菌によって多少異なりますが、発熱・嘔吐・腹痛・下痢が中心です。腸管出血性大腸菌の感染では、全く症状がないものから軽い腹痛や下痢のみで終わるもの、さらには頻回の水様便、激しい腹痛、著しい血便とともに重篤な合併症を起こし、時には死に至るものまで様々です。発熱をともなうことは少なく、3~8日の潜伏期の後に、頻回の水様便で始まります。さらに激しい腹痛を伴い、まもなくひどい血便となることが特徴です。これが菌の名前の由来でもある出血性大腸炎です。下痢症状出現の数日から2週間以内に、6〜7%の割合で溶血性尿毒症症侯群(HUS)や脳症などの重症な合併症を併発し、下痢や血便の症状が重いほど頻度が高いと言われています。溶血性尿毒症症候群は聞き慣れない病気ですが、毒素の影響により腎臓の細い血管が障害を受けることにより、溶血性貧血(血液が溶けて起こる)、血小板減少(血液が固まらなくなる)、腎不全(尿がでなくなり老廃物が体内に溜まる)が特徴で、子どもや老人に多く見られ、様々な臓器の障害により死亡率が1〜5%の怖い合併症です。
 さて治療ですが、専門的な治療は医師に任せるとして、多くの方々の意識にある「下痢は下痢止め」は、誤解です。入り込んだ細菌や毒素を素早く排泄するために嘔吐が起こり、吐ききれなかったものを排泄するために下痢が起こるのです。という理由から、吐くから吐き止め、下痢だから下痢止めと安易に考えることは正しいことではありません。気持ちが悪い時に吐くとすっきりする、急にお腹が痛くなって下痢をすると腹痛が治るということは、時々経験することでしょう。怖い話になりますが、O157では下痢止めを使った方が、死亡率が高いとする報告もあるくらいです。こんな時に無理に吐き気や下痢を止めると、病原体や毒素などの排泄が遅れ重症化することもあります。最近の考え方では、吐き止め、下痢止めは使わないというのが原則です。
 食中毒は病気でありながら、治療より予防対策が重要になります。食中毒予防3原則は、“付けない、増やさない、殺す”です。商品の回転が早く、衛生管理がしっかりした店を選ぶことが基本です。気温が高くなると食中毒が増えることからも、保存の仕方も考えてみましょう。「冷蔵庫に入れておいたから大丈夫」も誤解のひとつです。100%安心ではありませんが、4°C以下に保てば細菌の増殖は押さえられます。扉の開け閉めは最低限にして余裕をもって収容することが、庫内の温度の安定だけでなく電気代の節約にもなります。食べ物を充分加熱することも大切で、75°Cで1分以上加熱すれば、細菌は死滅します。菌の付着は表面だけなので、牛肉等は普通に焼いて食べれば心配はありません。ひき肉や成型肉(細かいくず肉や内臓肉を結着剤で固めたもの)では、内部まで十分火が通るようにしましょう。加熱は基本的な予防策ですが、今回の事件を教訓として、“生ものを食べない”という意識を持つことが重要です。汚染された包丁やまな板等の調理器具から広がることを覚えておきましょう。広がりを防ぐだけでなく、野菜など食材を十分洗い、手洗いをしっかり励行することが基本中の基本です。
 冷蔵庫では完全に菌の増殖を抑えきれず、毒素は加熱でも分解しないので、食中毒予防の第一は病原体や毒素の付いたものは口に入れないことです。“臭いも大丈夫、腐ってもいない”と食べてしまうことがありますが、これで判断できるようなら食中毒になる人は誰ひとりいないはずです。“この程度なら心配ない”とか、“腐っていなければ大丈夫”という油断が大敵です。予防対策をもう一度見直し、食中毒を防ぎましょう。

著明な血便

クリニック NEWS コーナーに戻る